それは、ある朝早くの事だった。
「ひいい!」
男は必死に逃げていた。せまり来る死の恐怖から逃げていた。
「待ちやがれ!」
男を追っている者は叫んだ。野党である。
この男は都に行く途中、運悪く野党に出くわしてしまったのだ。
しかもただの野党なら持っている物を渡せば命だけは取らないだろう。しかし、今追ってきているのはここら辺りでは有名な、残虐非道な野党である。
金目の物を渡せば命だけは助けてやると言いながら、平気で殺すような連中なのだ。

そして、その恐怖から必死に逃げていた男だったが、ついに限界が来て転倒してしまった。
「はあ、はあ、・・・手間取らせやがって!野郎ども!こいつをやっちまえ!」
野党のリーダーとおぼしき者の叫びに答えて、野党連中は男に襲い掛かった。
だめだ!もう助からない!
男はそう思って、ギュッと目を閉じた。
そして・・・。

どっこーん!

まるで昔の漫画のような音を立てて、野党は吹っ飛んだ。
男が恐る恐る目を開けてみると、そこには土煙が舞っているだけだった。

土煙?
男は街で聞いたうわさをはっと思い出して、きょろきょろあたりを見回した。
そして左を向いた時、そちらの方には土煙を上げながら高速で移動するものがあった。
「まさかあれが・・・。」

街ではこんなうわさが流れていた。
人々がモンスターや野党に襲われている時、どこからとも無く走ってやってきて、悪党を吹き飛ばしていく者がいると。
正体はわからず、ファーストネームはアキラという者だと。
そしてそれは、人々からは敬意と感謝を込めて、悪党からは恐れを込めてこう言われていた。
偉大なる走者グランドダッシャーグランドダッシャー・アキラ。」

グランドダッシャー・アキラ
〜偉大なる走者の伝説〜

第一話・二人の無邪気な勇者達?

「いっけねー。またはねちった。」
高速移動しながら少年は言った。
まだ、七・八つ位だろうか。背丈はまだ小さく、顔つきも子供そのものだ。髪の色は真っ黒で、膝などにバンソウコウが張ってある。
だが、そのスピードはもはや人間ではなかった。
走っている間に村の中に入り、やがて木の幹と一体になっている家にたどり着いた。少年の家である。
家の扉を勢いよく開けて、少年は大声で言った。
「ただいま!」
「おお、おかえりアキラ。」
少年――アキラを迎えたのは父親だった。
「はい、パン粉。」
アキラは抱えていた荷物を降ろした。アキラは都までパン粉を買いに行っていたのだ。
無論、そのおかげで自分が人助けをしたなどという事は、全くわかっていないのだが。
「ありがとう、アキラ。はい、朝ご飯。」
母がシリアルの朝食を用意してくれていた。
「いただきまーす!」
アキラは元気良く食べ始めた。
「しかしまあ、よくここまで速くなったものだな。我が神内家の者はみな足が速いが、おまえは一族の中でもっとも速いかもしれん。」



アキラ――フルネームは神内アキラ。八歳。代々俊足であった神内家の子供である。
神内家は、昔はその速さを買われて国の隠密として働いていたが、平和な今では主に飛脚のような仕事をしている一族である。
この家の一人息子もその例にもれず、俊足の持ち主だった。
ただ、スピードと反応速度があっていないせいでしょっちゅう人をはねるが、今のところ苦情は来ていない。
それが巷で噂される「グランドダッシャー」の正体だった。
それを知っている人間はこの村の人間で、かつ街の噂に敏感な人だけである。
悪党どもをはねているのも、ただ単に運が良いだけだったのだ。



「アキラちゃーん!あーそーぼー!」
家の前からとても幼い女の子の声が聞こえた。
「ヘレンちゃんだ。お母さん、遊んできていい?」
アキラが母に聞いた。
「ええ、どうぞ。」
母が優しく答えると、アキラは弾かれたようにドアへ走っていた。
「待ちなさい。」
父が厳しい声で静止をかけた。
そしてゆっくりと
「暗くなる前には帰ってきなさい。」
と言った。

「おはよー、ヘレンちゃん。なにして遊ぶ。」
ヘレンと呼ばれた金髪の、白衣に身を包んだ少女は、まん丸の目を光らせて言った。
「あのね、昨日向こうの方で、こーーんなにおっきなきれいな石を見つけたの。一緒に取りに行こ♪」
「うん、行こう行こう♪」
そして、幼い二人は手をつないで歌いながら歩いていった。



ヘレン――フルネームはヘレン=チェリス。やっぱり八歳。アキラの幼馴染で有名な僧侶の家柄の娘である。
二人が生まれる前から神内家とチェリス家は仲が良くて、その仲の良さは子供にまで引き継がれていた。
二人は昔から一緒にいて、けんかもよくしたし一緒に旅行に行ったりもした。
二人はこの平和な村・ランツの自然を受け、逞しく正直に育っていったのだった。

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