運命のプリズムライト



 僕の運命が狂い始めたのは、20歳の誕生日に届いた一通の封筒からだ。

 書留で届いたその封筒には、差出人の名前は一切なく、アパートの住所と、「安田伸幸様」という宛名が記されているのみだった。
 触ってみると、何か硬い物の感触。小石か何かのような手触りだ。
 怪しいとは思ったけど、中身を確認しないことにはどうしようもない。とりあえず、僕は封筒を破り、中身を取り出した。
 中に入っていたのは、深い青色の中に金色の粒がちりばめられた宝石の指輪。それと、一通の手紙だった。
 手紙にも差出人の名前はなく、ただ簡潔に「このラピスラズリを肌身離さず持つように」と書かれていた。
 どうやらこの宝石はラピスラズリという名前らしい。立ち上げていたノートパソコンで、「ラピスラズリ 相場」と打ちこんで検索をかける。それなりのお値段はする石のようだ。
 調べてみると、金色の粒は黄鉄鉱のようで、これが含まれているとさらに値段が上がるらしい。ということは、相当高価な宝石だということだ。
 確かに今日は僕の誕生日だが、誕生日プレゼントにしては高価過ぎるし、何より差出人不明というのが気になる。配達間違いも疑ったが、宛名はしっかり僕の名前になっている。
 誰が、何の目的で、僕に宝石を送りつけたのか。「肌身離さず持て」という指示の意図も分からず、気味が悪かった。
 だから警察か何処かに届けるという選択肢もあったんだけど、明らかに高価であると分かる品を手放すには、僕は少々貧乏性が染み付き過ぎていた。

「まあ、いいか。何か言われたら届ければいいんだし」

 疑問を握り潰し、20歳の誕生日という節目の日に送られてきた高価な宝石を、ありがたくいただくことにした。
 僕はそれを左の親指にはめ(他の指だと細くてはまらなかった)、意気揚々と買い出しに出かけたのだった。

 ――後々振り返り、このときの浅はかな行動を後悔したことは数知れない。



 僕の名前は、安田伸幸やすだのぶゆき。私立石神大学に通っており、2日後から3年になる。専攻は分子生物学だ。
 家族は母がおり、大学に入ってからは実家を離れて一人暮らしをしている。今は大学でティーチングアシスタントのアルバイトをして生活費を稼いでいる。
 将来は生物工学系の方向に進みたいと思っている、あとは何処にでもいるような平凡な男子大学生だ。
 今日は僕の20歳の誕生日だけど、一人暮らしの僕を祝ってくれる恋人もいない。誕生日パーティーを企画してくれるような気の利いた友達もいない。その程度には平凡だ。これが平均であると信じたい。
 だからと言って誕生日に何もしないのは、さすがにつまらない。せめて一人で豪華に過ごそうと思い、食べ物を求めてスーパーに繰り出した。
 僕の大好物のカレーとローストチキン、緑色も欲しいのでサラダパックを買い物かごに入れる。そして何と言っても、今日外せないのはお酒だ。
 晴れて20歳になった僕は、お酒が飲める。早生まれのせいで、同期の皆が飲んでいるのを見ているだけというのは、とても辛かった。長く苦しい戦いだった。
 それがようやく報われる。足取りも軽くなろうってもんだ。
 おまけに、詳細は不明だったけど、高価な宝石も手に入った。僕はとても上機嫌だった。
 お酒コーナーに行き、陳列されている商品を眺める。どれもこれも、ジュースなんかよりもずっと高い。
 今までお酒を飲んだことのない僕に、お酒のことは分からない。値段で選ぶことにした。
 せっかくの誕生日だ、思い切り奮発しよう。僕は「スピリタス」という一番高いお酒を購入することにした。
 後は特に必要なものもなかったので、そのままレジに並ぶ。「お酒を買う」という、今まで経験したことのないシチュエーションに、僕はドキドキしていた。
 前の人の会計が終わり、僕の番になった。店員さんがお酒を手に持ったとき、僕はひょっとしたらにやけてしまっていたかもしれない。

「えっと、すみません。未成年の方にアルコールはお売り出来ないんですよ」

 ……もっとも、その気分は店員さんのその一言で台無しになったけど。

「保護者の方に頼まれたのでしたら、保護者の方を連れて来て……」
「いえ、あのこれ、学生証です」
「……あ! し、失礼しました」

 学生証に書かれた生年月日を見て、店員さんはようやく僕が成人していることに気が付いた。……悪かったな、中学生にしか見えなくて。
 とまあ、ちょっと気分に水を差されはしたものの、僕は生まれて初めてお酒を購入したのだった。
 どんな味がするのだろうと、期待を胸に、駆け足で帰った。



 アパートに到着し、階段を上る。僕の部屋は二階にある。
 階段を上りながら部屋の鍵を取り出そうとしたが、どうにも緊張しているらしく、上手く取り出せなかった。
 自分の部屋の前に辿り着いてしばらくして、ようやく鍵を取り出すことが出来た。
 扉に鍵を差し込み、回す。続いてノブを回して引いた。

「?」

 しかしドアは開かなかった。鍵がかかっているようだ。今鍵を回したので閉めてしまったらしい。
 おかしいな。確かに家を出るとき、鍵を閉めたような気がしたんだけど。
 ひょっとしたらそう思い込んだだけで、実際は開けっ放しだったのかもしれない。いけないいけない。
 再度鍵を差し込み、回す。今度こそ鍵が開き、扉は開いた。
 さて、留守中に泥棒に入られていたら大変だ。うちに金目のものはそんなにないけど、大学の教科書とかが盗まれていたら大変だ。結構高いからね、あれら。
 部屋に入ってすぐのキッチンを確認する。調理器具、食材その他諸々に被害はなし。
 奥に進み、畳のワンルームに出る。本棚の中を見ても、欠けているものはない。ノートパソコンも無事だ。
 どうやら泥棒には入られていないようだ。安堵に胸を撫で下ろした。
 それじゃあ、早速料理を始めよう。そう思って踵を返し……――



「よう」

 ――その男の出現で、僕は硬直した。
 いつの間にか、居間とキッチンの間に、一人の巨漢が立っていた。僕より頭二つ分はでかい、筋肉質の大男。顔には刃物で切ったような傷がいくつか見える。
 全く見覚えのない、とてもじゃないけどカタギには見えない男が、気付かないうちに僕の部屋に入ってきていたのだ。
 ……これって、まさか……!

「ご、ごうとっ」
「おっと、大きな声出すんじゃねえよ。近所迷惑だろ」

 僕が外に助けを求めて叫ぼうとした瞬間、男は一瞬で僕の目の前に移動し、僕の口を手で塞いだ。
 ただでやられるまいと抵抗しようとしたら、これまた一瞬で羽交い絞めにされてしまった。その力はすさまじく、僕が本気で力を入れても全くびくともしなかった。
 こ、殺される……!?

「大人しくしろっての。……つーか、これ全力か? お前、普段からちゃんと体鍛えてんのか?」
「り、理系の大学生には、そんな暇ないんだよっ!」

 いやまあ、運動する人はするけど。僕が運動嫌いっていうのもあるし、将来生物系の仕事に進みたくて勉強しているため、運動をする時間が取れないこともある。
 ……どうにも、この男は僕に危害を加えるというつもりではないらしい。羽交い絞めにする以上、何もしてこない。
 僕が力を抜くと、男はやれやれと言いながら僕の体を解放した。

「……強盗?」
「だぁから違えっての。あ、トイレ借りたぜ。サンキューな」

 どうやらこの男、キッチン横にあるトイレに入っていたようだ。軽い調子でそう言った。
 ……強盗ではないらしいけど、人が不在の間に勝手に家に上がりこんで勝手にトイレを借りるとは。あまり常識的な客ではないようだ。

「えっと……?」
「お前が『安田伸幸』で合ってるか? 顔写真の通りだが……どうみても中坊だな」
「ほっとけ!」

 人が気にしてることをばっさりと言ってくれる大男。そりゃ、僕は身長低いし、顔もガキっぽいけど、これでもちゃんと今日で20歳なんだ。それ相応に扱ってもらいたい。

「そうだけど……顔写真って一体何の話さ」
「あー、気にすんな。こっちの話だ。俺の名前は、山本都鵡やまもととむ。よろしくな」

 気にするなと言われても、気になるものは気になる。だが男――都鵡と名乗ったこいつは、そんなものはどうでもいいとばかりに話を進めた。

「安田伸幸、3月31日生まれ、20歳、在籍は私立石神大学生物学部2年、専攻は分子生物学。出身はF県I市、現在は実家を離れて一人暮らし中。間違いないな?」
「ひょっとして、強盗じゃなくてストーカーの方だったの?」
「そっち方面から離れろっての。全く、失礼な奴だな」

 どっちがだ。人の留守中に鍵が開いてるのをいいことに勝手に上り込んだり、勝手にトイレ借りたり、挙句本人の前で個人情報をベラベラと垂れ流して。

「誤解があるようだから言っておくが、鍵は開いてたんじゃない。俺がピッキングで開けたんだ」
「なお悪いわ!」

 最悪だった。言い訳のしようがないほど泥棒の手口だった。しかも何故かこの都鵡とかいう男、誇らしげだった。
 本気で警察を呼びたかったが、また羽交い絞めにされそうで動けない自分が情けなかった。

「……それで、その山本都鵡さんが僕に何の御用なのさ」

 ブスっとした顔になりながら、僕は都鵡とやらに用件を尋ねた。ここにいるということは、僕に何かしらの用件があるはずだ。
 ドヤ顔をしていた都鵡は、真顔に戻って答えた。

「なに、大したことじゃない。今後護衛をすることになる相手への挨拶、兼引っ越しだ」
「へー、そう。じゃあ、それが終わったらすぐ帰って……」

 ……ん?

「ちょっと待って。今なんて?」
「今後護衛をすることになる相手への挨拶、兼引っ越しだ」

 一語一句違わずに、都鵡は繰り返した。
 え、ちょっと待って? 意味が分からない。

「誰が、誰を護衛するって?」
「俺が、安田伸幸、つまりお前を護衛する」
「誰が、何処に引っ越しするって?」
「俺が、ここ、つまりお前の家に引っ越しする」

 ……。
 え? なにそれこわい。

「いやいやいやいや、わけわかんないから!?」

 声が大きくなり、またしても都鵡に口を手で塞がれた。
 僕が落ち着くのを待って、都鵡が手を離す。……とりあえず、まずは話を聞くことにしよう。

「何で僕を護衛するの? 僕には護衛なんて必要ないと思うんだけど……」
「それは知らん。俺が依頼者の意図まで知る必要はないからな」
「依頼者って誰?」
「守秘義務だ」
「……それに、うちに引っ越してくる理由が見えないんだけど」
「依頼内容は『安田伸幸を24時間警護すること』だ。そのためには、ここに住むしかないだろ?」

 結局わけがわからなかった。何だこの降って湧いたような厄介事は。僕が何をした。

「お前、嫌そうな顔してるけどな。俺だって嫌なんだぜ? 何が悲しゅうてこんな狭い部屋に男二人で住まにゃならん」
「嫌なら引き受けなければよかったんじゃ……」
「俺らの業界でそんなのが通用するわけないだろ。んなことしたら、二度と仕事が来なくなる」

 僕にはよく分からない世界だ。とりあえず、この男が護衛などを生業として生きているということは、会話から推察することが出来た。
 そういう意味では信頼してもいいのかもしれないが、僕はまだ都鵡がこの部屋に引っ越すことに納得していない。
 何とか断る方法を考えないと……!

「け、けどさ。僕は護衛されることを納得してないよ。ていうか、必要ないから!」
「必要のあるなしじゃねえんだよ。お前を護衛する依頼を受けた。だからやる、それだけだ。
 それに、お前は依頼者じゃない。お前の命令を聞く必要はない」
「そんなのって! ……だったら、警察呼ぶよ!?」

 策に窮した僕は、最終手段を取った。携帯を取り出し、110を押す。あとボタン一つで警察にかかるところで、携帯の画面を都鵡に突き付けた。
 だというのに、この男は全く慌てなかった。

「警察は無意味だと思うぞ。俺は身分証明も出来るし、依頼元に連絡を取れば、これが正規の依頼だってことも確認できる。俺を捕まえるって決定は、まあ出ないだろうな」
「そ、そんなぁ……」

 最後の望みも断たれ、僕はガックリと項垂れた。
 そんな僕の肩を都鵡はポンと叩き、あっけらかんと言った。

「まあ、そんな悲観することでもねえよ。俺を護衛に雇うなんて、お前の収入じゃ絶対無理だからな。儲けもんと思えって」

 そもそも僕みたいな個人に護衛なんて必要ないんだってば。
 反論する気力さえ、今の僕にはなかった……。



「……いいよ、分かったよ。僕が何を言っても、君は僕の護衛をするんだろ」

 5分程落ち込んだ後、僕はある程度持ち直した。そして、不機嫌を全く隠さずに、都鵡に向けて言った。
 心情的には全く納得行っていないけど、この男にいくら言っても無駄と理解した。いつか依頼者とやらを聞き出して、本人に文句を言いに行かなきゃ。

「だったら、聞かせてもらうよ。君の素性とか、依頼の詳しい内容とか」
「どっちも言っただろ? 名前は……」
「名前と、ざっくりとした依頼内容だけじゃないか。そうじゃなくて、もっと詳しい内容」
「つってもなぁ。俺も、お前を24時間警護しろって言われてるだけで、具体的な内容は指示されてないぞ。
 まあ、強いて言うなら、明後日からお前の大学の学生になるってことだけだ」

 つまり、都鵡は僕より年下だったってこと? 見た目的に、24、5ぐらいだと思ったんだけど。

「いや、年上だ。22歳、お前よりは2歳上だな。お前の護衛のために、大検受けて大学受験までしたんだよ」
「そ、それはご苦労様でした……」

 僕の護衛のために苦労したという話を聞いて、ちょっと気持ちが揺れそうになった。
 ……待て待て、きっとこれは孔明の罠だ。簡単に信用しちゃダメだ、僕。

「あと、俺の素性だっけか? 山本都鵡、8月2日生まれ、22歳。出身はS県S市。職業はフリーの傭兵だ」
「よ、傭兵!?」

 とんでもない単語が出てきた。傭兵だなんて、日本に住んでいたら、テレビの中以外ではまず聞かない言葉だ。
 けれど、この都鵡という男の風体を考えると、いやに納得できてしまった。

「ああ。この仕事受ける前は、中東の方でテロリスト相手にドンパチやってたぞ」
「……僕は食べても美味しくないヨ?」
「誰が食うか」

 肩書にビビってしまう小市民な僕だが、都鵡の(今のところ)穏やかな気質を考えると、そこまで緊張する必要はないかもしれない。あ、ごめんやっぱり無理。

「まあ、俺に関してはこんなもんだ。あとは特にないな?」
「依頼者は?」
「守秘義務だ」

 デスヨネー。
 まあ、依頼者を除けば、今のところ聞きたいことはないかな?

 それじゃあ。

「甚だ不本意だけど、これからよろしく。都鵡」
「不本意はお互い様だけどな。よろしく、伸幸」

 とりあえずのところ、僕は都鵡に護衛をお願いすることにした。
 状況に流されている気がしなくもないけど……。

「あ、そういえば護衛期間っていつまでなの?」
「さあ? 俺は聞いてないな」

 ……本当に、大丈夫なんだろうか。



 その日の晩。
 想定外の移住者によって一人ではなくなった僕は、男二人で誕生日の食事を摂ることになった。正直むさ苦しかったけど、一人よりはマシだったかもしれないな。
 その後、僕が買ってきたお酒で、人生初の晩酌タイムとなった。
 が。

「――ッ!?」
「アホ。初っ端からスピリタス原液で飲むバカが何処にいる。ああ、ここにいたか」

 スピリタス(アルコール度数最高の酒だったそうだ)のあまりの強さにむせて、ほとんど飲めない僕がいた。
 都鵡は平気で飲んでいたというのに、不公平だ。

「戦場ではウイスキーとかウォッカとか、ストレートで飲むからな。経験の差って奴だ」

 不公平だったら不公平だ。



 ――思えば、この日の出来事も、あの青い宝石のもたらした運命だったのかもしれない。
 持ち主に栄華と破滅を与える宝石、『妙運のラピスラズリ』の――。


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