オチの無いお話




 昔、葦やらの芽が吹き始めるころを葭始生と言って穀雨の時期と呼んだそうです。その頃になると気候やらなにやらがちょうど作物の生育にちょうどいい塩梅になって、田畑の準備がそれに間に合うわけです。これが牡丹の花が咲く頃になると、カエルも一緒に鳴き始めて立夏となるわけですが、その頃には植わった稲やら麦やらも背が高くなり虫たちとの駆け引きがまた始まるわけです。なので、そのころまでに作物を育てる時期という訳ですから、ちょうど降る春の雨に合わせて穀雨と言ったりするわけです。

 さて、ある所に。と言っても、今この21世紀の話ではなく。一昔とは10年ばかりのことを指すというのならば、大体20昔以上昔のことでしょうか。ともかくここでお伝えしたいことは、ある所に一人の非人が居たということです。
 その非人は生粋の非人というわけではなく、別れた妻にあまりも腹が立つということでついカッとなりその時たまたま持っていたどぶろくの徳利でえいやと殴ってしまったので非人になったという、少々激情しやすい男でありました。とは言え、根は穏やかと言わず臆病な男でもありましたから、物を乞うという事が苦手で、ついつい声をかけそびれてしまう有様でありました。
 そんな訳なので、男は年がら腹を空かせておりまして、その、春先に雨の降る天気の悪い日も馬などの死体を取り置く、草に埋もれた納屋の下に身を縮こませておりました。そして、雨止みを待っていたのです。とは言え、雨が止んだところで男が何をすることもないのですが。他のものならば、雨足の遠のきぬかるみの上をそろりと歩く道行く人々からお零れを頂戴しようという所なのですが、先程も申し上げた通り、男は物乞いというものにはなにぶん向いておりませんので、どうしたものかと考えあぐねておりました。
 後ろの納屋の中には、つい昨日畑を耕していた時に岩に蹴躓いて角を折り、それが元で死んでしまった牛の死体と、老いさらばえて骨と皮になり、おとつい息を引き取った馬の死体が転がっておりました。なにぶん春先の話なので、たかだか1日と経っていない牛の亡骸にもすでに蝿が集っておりまして、その蝿の羽音がまたブンブンと男の心を苛立たせるのでした。
 いつかは慣れねばならないことではございましたが、男はかれこれ正月を30を超えるほどに過ごしてきたものですからなかなかどうにもならず、かと言ってどうにかせねばならないと、納屋の所々に穴の開いた茅葺きに雨の当たる音を聞き流しながら必死に思索していたのです。雨に加えて夕暮れどきでも有りましたから、男の腹の虫はますます姦しさを増しまして、雨のざあざあと降る音の他に何も聞こえぬこの状況では寂しさをさらに掻き立てるのでした。

 当時の穢多非人と呼ばれる人々はともかく、農工商と言った平民や士族様等は牛馬の肉を食すことを禁じられておりましたので、そう言ったものを処理する穢多非人はなかなかに上質のタンパク源にありつけたというわけです。とは言え、この非人は元は平民の出でしたので、牛馬の肉が後ろにあるからと言って口にしようということは考え付きもしませんでしたし、無断でそんなことをすれば他のもの達から何を言われるか解ったものでもありませんでしたので、腹の虫には我慢を強いていたのです。
 それも限界かと思った折りです。小さな影が男の居る軒先に駆け込んで参りました。何事かと首をもたげてそちらを見てみると、歳の頃は五つほどでしょうか。痩せた坊子がずぶ濡れの様相で、息を切らせて転がり込んでおりました。
「ここは俺の場所だ。坊子、他をあたりな。」
なるほど、納屋の軒先は狭く、大の男が二人入ればどちらかの方ははみ出すほどの狭さでございます。しかし、坊子はそれを聞いても立ち退こうと致しませんので、男は腹を立てまして、
「おい、向こうに行かないか。さもないとぶん殴るぞ。」
と、少々大人気なく脅しをかけたのですが、坊子はそれを聞かずに逆に
「そうは言ったっておじさんがもう少しあちら側に詰めればばふたりとも十分入れるじゃないか。服は濡れたし腹は空いたしで休みたいんだ。頼むから向こうにちょいと詰めておくれよ」
などと言い出す有様。これはどいてやったほうが面倒が少ないかと男が詰めますと、坊子は悪びれた様子もなく開いた隙間に転がり込みました。そして、しばらくふたりとも無言でおりましたが、雨はますます激しさを増したので坊子がしびれを切らしたように男に話しかけました。腹の減っていた男は、無視を決め込むことに致しましたが、坊子の方もなかなかしつこく話しかけて参ります。

 しばらく致しますと、坊子の方も話の種が無くなってきたのか、最初はどこの草原に行ったのどこの小川に仕掛けを置いただのの話をしていたのですが、次第に自分の村のことやら家族のことやらを話し始めました。それを聞くところによると、坊子の村は昨年が不作でして、食うに困るというわけでないのですが日々の膳が物寂しいということでした。そんな話をしている所に坊子の腹がグゥと鳴りましたので、坊子が顔を赤くして黙りこむとそれまで無視を決め込んでいた男がむくりと顔を坊子の方に向け、話しかけました。
「坊子、腹が減っているのか。」
「そらぁ、減ってるって。今腹の虫を聞いただろう。ああ、恥ずかしい。」
それを聞いた男の心に暗い考えがよぎりました。後ろの納屋にある馬肉を食べさせてやったら食べるだろうか。それとも親に教えられて食べはしないだろうか。そんな考えでございます。そうした目で坊子を見てみるとなるほど。確かに脳天気なその様子は何やら苛立つ所もございます。男はしばし思巡しておりましたが、おもむろに口を開きます。
「実は後ろの納屋に誰も食べない食べ物があるのだがね。良かったら譲ろうか。」
坊子は驚いたように目を見開きましたが、直ぐに疑るように男を睨めつけます。
「そんな事を言って、なにか裏があるんじゃないだろうか。例えば、おいらに何かさせようってんだったら何もできやしないぞ。」
男は内心冷や汗をかきましたが、それを努めて表に出さないようにしながら、いけしゃあしゃあと
「そんな事はないさ。実はそろそろ腐らせてしまいそうで困っていた所にお前さんの腹が鳴ったものだから、お節介をと思っただけさね。要らぬと言うならそれで結構。」
等とのたまいます。こう言われては、歳も若い坊子ですからころりと騙されまして、
「じゃあ一口だけ、一口だけいただこうかな。」
などと言い出す始末。それを聞いた男はにやりとしまして、それでは今、牛の肉を焼くから。と火打石を取り出します。しかし、それを聞いても何の関心も示さない坊子の様子を見ると、男は急に腹の底からスゥっと冷えていくような感覚が致しました。すると、途端に自らのやっていることが愚かしく、哀れなことに思えて参りました。そうなりますと先ほどまで目の前の坊子を騙してやろうなどと考えていたことも途端に惨めに思えまして、何をする気も起きなくなって参ります。とは言え、そんな男の心など坊子が知るわけがありませんから早く早くと男に牛の焼いたものをせがんでまいります。すると、激情しやすい男のことでございますから、えぇいとばかりに立ち上がり腕を振り回して叫びます。
「煩い黙れ。坊子ごときに何が解るものか。去ね、去ね。」
坊子はそれにすっかり怯えまして、なんだよぅと半泣きになりながら、一寸先も見えなくなるほどに土砂降りになった雨の中に消えて行きました。
 男はその背中をしばらく呆然と見やっていましたが、やがて自分ものそりと立ち上がるとすっかり雨の上がった闇のなかに消えて行きました。その納屋の軒先からは若草のなぎ倒された跡が一本、道のように続いていたそうでございます。

 非人がこの後どうなったかということにつきましては、私の語ることではないでしょう。皆様とてよくご存知のはずですので。
 田に植えるものは稲、畑に植えるものは麦と相場は決まっておりますので、この穀雨のおり。ゆめゆめお忘れなきようお願い致します。









誰だ。
というわけで私は誰でしょう。面倒になって最後を羅生門風のオチに付け替えたあたりでもしかしたら勘の良い人は気がついているかもしれません。もしくは、音楽ありで読んだ方なら選曲でわかるかもしれません。はたまた、軽くポップな文体で気がついた方もいるかも知れません。そうです私です。わからない人には教えません。
この前田んぼにトマトが生えておりまして、何ともいえない気持ちになりました。
そうそう、この前花見に行ってきたんですが、他の花見客が桜を見ようとしないので花より団子かと思っていましたら、団子にも手を付けず話に花を咲かせておりました。花を愛でる心が日本人には残っていたのかと、またもなんとも言えない気持ちになりました。
思えば恥の多いものばかり作って参りました。自分には、ものを創るというものが、見当つかないのです。と、太宰治から引用したところでお別れです。


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