2008/07/21
俺の誕生日だ
でもそんなの関係ねぇ。
Side Akira Jin-nai
あの『ジュエルシード』封印をした日の夕餉時。
「ねえ、アキラ君。学校行きたくない?」
桃子さんが突然そんなことを言い出した。
「え、あの?いったいどうしてそんなことを?」
当然困惑する。
僕はこれまで学校というものに行ったことはない。生まれ故郷のランツには学校なんていうものはなかった。そういう場所で習うことは母さんに習っていた。
『アイツ』とともに行動するようになってからも行った事はない。まあ、『アイツ』の薀蓄話を聞いているうちに知識は相当増えたけど。
それが、突然こんなことを言われたのだ。困惑もしよう。
が、桃子さんはこちらの心情は知らず。
「だってアキラ君はなのはと同い年なんだから。小学校に行く歳でしょ?」
と、こともなげに言ってくれました。
僕としては首を縦に振るわけにはいかない。これでも異世界の人間なのだ。いずれ帰る日がくる・・・はずだ。
「いえ、でも僕はいつまでもここにとどまるわけではないので・・・。」
僕のその言葉で、なのはが悲しそうな顔をする。そして恭也さんの眼光がするどくなった気がする。いや、そんな目をされても困るんですけど・・・。
だが、桃子さんは引き下がってくれない。
「でも、こっちにいる間ずっと学校に行かないっていうわけにもいかないでしょ?いつ帰れるかもわからないんだから。」
「あ、ええ、まあ・・・。」
あいまいに答えておく。桃子さんはどうやら、元々僕が小学校に行っていたものと勘違いしているらしい。
「だったら、こっちにいる間はこっちの学校に行くべきよ。」
そう言って、押してくる。どうしても引き下がる気はないらしい。
・・・仕方ない、あまり使いたくない手だけど、やむをえない。
「あの、桃子さん。ちょっといいですか。実は僕、学校には行けない理由があるんです。」
僕の言葉で、頭に?を浮かべる一堂。
「実は僕・・・
字の読み書きができないんです。」
皆が停止したのがわかった。
まあそうだろうね。平均的なこの歳の子供だったら、読み書きはある程度の漢字までだったらできるらしいから。
ちなみに、文字通りの意味ではない。『この世界の』という接頭辞がつく。
なのはに目配せでそれとなく伝えてみると、どうやら気づいたようだ。
ともあれ、これであきらめてくれれば・・・
「うふふふふ・・・、それは教えがいがあるわねぇ。」
世の中そんなに甘くはありませんでした。恭也さんをはるかに越える圧力を持った桃子さんが、そこに降臨した。
いつだったか『ヤツ』が言っていた、「知らなかったのか?大魔王からは逃げられない」という台詞を思い出した。
かくして僕は、強制勉強強化合宿をすることになったのだった。
ゴチャマゼクエストSS 『異邦見聞録』 〜麻帆良学園都市・外伝〜
魔法少女リリカルなのは
閃光・剣と杖
第六話・アキラとなのはの学校生活
Side Nanoha Takamachi
アキラ君の勉強合宿が始まって2日。
お母さんは仕事の合間をぬってアキラ君に文字の読み書きを教えました。たった2日で、小学一・二年生の読み書きを全て教え込んだみたいです。
おかげでアキラ君はフラフラになっていました。あんなに弱ったアキラ君を見たのは初めてかも・・・。
でも、お母さんが言うには『不思議なことに、基礎はできていたから教えるのは簡単だった』ということらしいです。
以前アキラ君はこの世界の文字はわからないと言っていましたが、自分の世界の文字はかなりできたのかもしれません。
そんなわけで、アキラ君は明日編入試験を受けて、結果次第で明後日から私の通う聖祥大付属に通えるそうです。
私としてはとても嬉しいのですが、いったいどうやってそんなにスケジュールを押し込んだんでしょうか?
お母さんは『結構無理な手も使っちゃったわね』と言っていました。我が親ながら、謎です。
それで現在私はアキラ君の部屋の前にいます。お疲れのアキラ君に差し入れをしようと思って。
持ってきたのはケーキとオレンジジュース。ちゃっかり私の分も容易しています。
「アキラ君。入るよー?」
「・・・どうぞ〜・・・。」
弱弱しいアキラ君の返事を受け、私は部屋に入りました。
「差し入れ持ってきたんだけど・・・大丈夫?」
「かなり、駄目かも・・・。僕、頭使うのは苦手だから・・・。」
にゃはは、と笑う私。
「私は運動の方が苦手だから・・・。アキラ君がちょっと羨ましいかな。」
そう言って、私はアキラ君の机の上の計算ドリルを見る。お母さんは文字だけじゃなく、算数や理科といった科目も教えたようです。
え、でも・・・。
「凄い、もうこんなにやったんだ・・・。それに全部あってる。」
とても頭を使うのが苦手とは思えない。
「ああ、その辺は随分と前にやったから。物理現象の計算とかはかなり教え込まれてるんだ。閃空剣技を使いこなすためにね。」
私が魔法を使うために理科とかを勉強したのと同じかな?
「そういえば、閃空剣技?だっけ、それって誰に教えてもらったの?」
アキラ君は少し考え、剣の入った布袋の中から一巻の巻物を取り出した。
「閃空剣技っていうのは、うちに代々伝わってた剣技でさ。本当だったら父さんに教わるはずだったんだ。でも・・・」
「あ、・・・ごめん。」
私は軽率なことを聞いてしまったと思った。そう、アキラ君のお父さんはもう・・・。
「なのはが気にすることじゃないよ。本当にもう随分と前の話なんだって、あまり気にしないで。
・・・それで、父さんは僕にこの巻物を託した。僕はこれを読んで閃空剣技を覚えていったんだ。」
アキラ君がそんな努力家さんだったなんて、知りませんでした。最初から強かったんだとばっかり思ってました。
でも違ったんだ。アキラ君も最初は戦う力を持ってなくて、それを自分自身で鍛えていったんだ。
・・・何だか、アキラ君と共通点を見つけたみたいで嬉しくなった。
「ちょっと、読んでみてもいい?」
「いいよ。多分読めないと思うけど。」
私はアキラ君の努力のかけらに触れたくて、巻物を開いた。そこに書いてあった文字は見たこともないもので、内容なんかちっともわからなかった。
でも、いいんだ。これがアキラ君の通ってきた道なんだ。
私はそのことを、深くかみ締めました。
「ごめんね、邪魔しちゃって。明日の試験、頑張ってね。」
「ああ、ありがとう、なのは。」
私はアキラ君とケーキを食べて、部屋を後にしました。
明日は頑張ってね、アキラ君!!
Side Akira Jin-nai
そして、運命の試験当日。
僕はなのはの通う聖祥大付属小学校の前に立っていた。
・・・本当は、ここで逃げ出すか、試験でわざと間違えるか、そのどちらかの選択肢が正しいのだろう。僕は本来この世界に存在しないのだから。
だが、それは心情的にひける。桃子さんは労働時間を削ってまで僕に文字を教えてくれたのだ。
そしてなのは。朝、家を出る前に僕に『頑張って』と言ってくれた。
士郎さん、恭也さん、美由希さん。皆応援してくれている。
ここでそんな不忠を働くことは、僕の剣士としての誇りが許さない。
僕は神経を研ぎ澄ます。空剣を打つときよりも、はるかに研ぎ澄ます。
――さあ、いざ尋常に勝負!!
僕は一歩、踏み出した。
Side Nanoha Takamachi
「何か騒がしいわね。」
アリサちゃんがお昼を食べながら言いました。今はお昼休みです。
確かに、廊下の方で人が行ったり来たりして、何だかとてもにぎやかです。
と、すずかちゃんが
「何でも、編入試験を受けに来てる子がいるらしいよ。」
と言いました。アキラ君のことだ。
けど、まだアリサちゃんにもすずかちゃんにも教えない。だって、驚かせたいもん。
「なのは?何にやにやしてんの?」
「ふぇ!?ううん、べ、別に何でもないよ!!」
「な、なのはちゃん、説得力ないよ・・・。」
「さては何か知ってるわね?さあ、白状しないさい!何を知ってるの!?」
「い、いひゃいひょあいひゃひゃん!!」
絶対、まだ教えてあげません。
Side Akira Jin-nai
外が騒がしいが、今の僕は気にならない。一流の剣士というのは、その程度で集中を乱されるものではない。
むしろ、僕の集中が作り出した張り詰めた空気のせいで、この教室の扉を開けてのぞくことすらできないはずだ。
監督の先生は大変息苦しいことだろうが、そこは涙を飲んでもらおう。
この二日間、文字はみっちり教え込まれた。問題文で読めないところは一つもなかった。
そもそも、僕は言葉だけならかなり語彙が豊富だ。『ヤツ』の無駄知識のせいだが。
日本語というのは平仮名とカタカナ、それと漢字の組み合わせでできている。平仮名とカタカナはすぐにマスターできたのだが、問題は漢字だ。
似たようなものは僕の世界にもあったが、この手の字は一つ一つ意味を覚え読みを覚え形を覚えて初めて使える。厄介極まりない。
この2日間はほとんどこの漢字に費やしたと言っても過言ではない。そして、その成果は確実に実を結んでいる。
僕は国語の最後の漢字書き取りに入った。そして、危なげなく字をつづっていく。
残り3問。2問。1問。
「かみさまはいつもあなたをみています。」
「かみさま」のところに傍線が引いてあり、そこを漢字に直す。
意味を理解し、少々口の端がゆがむ。この漢字は、僕の名前を表す。同時に、僕にとっての鬼門だ。
だが。
僕は『なのはを導く』と決意した。いつまでも引きずってはいられない。
僕は意志強く、その字を形にした。
『神様』と。
Side Nanoha Takamachi
――翌日。
家に帰ると、パーティーの準備がされていました。アキラ君は全科目満点という凄い成績を出し、編入が即決定したそうです。
私はアキラ君に抱きついて喜びました。そのあと、自分のしたことにちょっと恥ずかしくなったけど。
そして今日。アキラ君の登校初日です。
本当だったら編入試験のあと、審査やらなにやらで一週間ぐらいかかるのですが、アキラ君の礼儀正しさと成績や、お母さんの尽力で試験の次の日から登校できるそうです。
ちなみに、制服は間に合わなかったので、アキラ君はいつもの空色の服に濃緑のズボンです。
私は今、アキラ君と一緒に登校しているところです。
「なんか・・・やっぱ浮いてるよね。」
アキラ君が周りを見ながら言いました。周りはみんな制服です。
一人私服のアキラ君は周囲の視線を一身に浴びています。仕方がないことですが。
「なのはー!!」「なのはちゃん!!」
後ろから、アリサちゃんとすずかちゃんがやってきました。
そしてアリサちゃんに肩をつかまれものすごい勢いでゆすられ。
「ちょっと、アキラが編入してくるなんて聞いてないわよ!あんた黙ってたわね!?」
「ちょ、アリサちゃ、おちつ・・・」
がくがくがくがく。これでもかってぐらい揺さぶられました。
アキラ君が割って入ってくれたおかげで、やっと止めてもらえました。
「なのは、すずかとアリサに話してなかったの?」
「う、うん、驚かそうと思って・・・。」
「驚かせすぎよ!」
さすがにこんなに驚かれるとは思ってもみませんでした。
「アリサちゃん、そのぐらいにしようよ。それよりもアキラ君に・・・。」
「あ、ああ、そうだったわね。」
すずかちゃんに言われ、アリサちゃんが姿勢をただし。
「改めて、これからよろしくね、アキラ!!」
「よろしくね、アキラ君。」
アキラ君に手を差し伸べてきました。
アキラ君はちょっと目をぱちくりさせて、ふっと笑いました。
「ああ、こちらこそ。アリサ、すずか。」
そして、その手をとり握手をしました。
Side Akira Jin-nai
「と、いうわけで、今日からこのクラスで一緒に勉強することになった神内アキラ君です。皆、仲良くしてあげてね。」
はーい、と手と声を上げる児童。
何の因果か、なのはたちと同じクラスに入れられました。マジに『修正力』じゃないよな、これ?
「神内アキラです。皆さん、よろしくお願いします。」
丁寧にお辞儀する。拍手が起こる。
「それから、神内君はご家庭の事情で高町さんの家に滞在しています。覚えておいてね。」
それで『え?』となのはと僕を見比べる一堂。
・・・先生、不用意にそういう情報を与えないでください。僕はともかくなのはまで奇異の目で見られてしまう。
まあ、必要事項だとは思うんだけどね。僕に万一のことがあったときに連絡先がわからないとかいうのはまずいのだろうし。
なのはにごめん、と目配せをすると、なのははキョトンとしてから笑顔で手を振ってきた。いや、そうじゃなくて。
すると、教室の生徒――男子の多くから、敵意のようなものが飛んで来た。
実際、彼らの目は敵でもにらむかのように力がこもっている。一体なんで?
よくわからない。が、売られたケンカなら買おう。僕の中で久々に子供らしい対抗意識が生まれた。
こちらに敵意を飛ばしてきた生徒に、軽く殺気を放っておく。いや、殺気というには害がなさ過ぎる、剣気という方が正しいか。
それで、こちらに飛んできた敵意が全て霧散し、男子生徒たちがあわてて目をそらす。ふ、勝った。
ちなみに、これらのやり取りは全て無関係の人間には分からないように行っている。一流の剣士は剣気を飛ばすのも一流なのだ。
一時間目は国語。いきなり苦手なのだ。
ちなみに、なのはも国語は苦手だそうだ。
そういえばアリサは多分この国の出身じゃないのに、随分と流暢にしゃべるんだな。国語の成績も悪くないみたいだ。
なのはに聞いた話だと、どこかの大貿易会社の令嬢らしいが。英才教育でも受けているのか。
しかし、だからと言って僕も負けるわけにはいかない。この身はなのはを導く『閃光の勇者』、たとえ苦手分野だろうと負けるわけにはいかないのだ。
「さあ、じゃあこの漢字の意味が分かる人〜。」
「はい!!」
アリサが手を上げるより早く僕が手を上げる。アリサがにらんでくるが僕は不敵な笑みを返す。
あの字は――どこかで見たことがある。そう、確か『ヤツ』の書いた字の中で・・・。おっくせんまん・・・。
「数字の『億』!!」
「・・・神内君、漢字は苦手なのね。正解は『意味』の『意』よ。」
撃沈。
アリサが馬鹿にしたように笑ってる。すずかが気を使うような視線を送ってくる。なのはが僕を励まそうとしてくれる。
それら全てが僕への精神ダメージへと変換される。
もう、『ヤツ』の無駄知識を当てにするのはやめよう・・・。
二時間目は理科。これは僕にもわかる。なのはも比較的得意なようだ。
おかげでかこの時間は特に何も起こらなかった。
そして次の体育。
どうやら、今は短距離走をやっているようだが・・・まずいな。
何がまずいって、力加減が難しいのだ。僕は――自分の身さえ省みなければ――音速だって超えられるのだ。
そんな速さで走ってみたら、騒ぎになるのは当然だ。だからと言って、わざとゆっくり走るのもなんだか気が引ける。
ちなみに、うちのなのはさんは何もないところで転んでらっしゃいます。運動神経切れてるな、あれは。
「アキラ君は運動得意なの?」
と声をかけてきたのはすずかだ。僕はあいまいに頷いておく。
「私も運動得意なの。ねえ、どっちの方が速いか競争しない?」
花が咲いたように笑い、そう提案してきた。・・・断るのも気が引けるのだが、受けてしまってもいいのだろうか。
僕が悩んでいると、先ほどの理科の授業から僕に対抗してきているアリサが
「あら、アキラ。あんた女の子に走るので負けるのが怖いの?」
とか言ってきた。それでカチンと来てしまい。
「よし、すずか。その勝負受けて立つ。いざ、尋常に勝負。」
勢いで受けてしまった。しまった、が、もう遅い。
・・・しかしアリサ。そんなに目の敵にしないでほしい。
作用・反作用を用いた力学の計算なんて、閃空剣技を使う上では感覚的に理解できてないとまずんだから。しょうがないじゃないか。
しかし、さて、どの程度で走ったものか。そう悩んでいると。
「手加減なんてしないでね。私、思いっきり勝負したいの。」
なんて言われてしまった。まいった。そう言われては力を抜くことはできない。
流石に『神力解放』なんて真似はしないが、普通でできる最高の走りをしよう。
「位置について、よ〜い、どん!!」
そして僕は風になった。地面を蹴り、一秒でゴールを通過する。
秒速50m。分速3km。時速180kmである。車も真っ青だ。
当然、あたりがシーンとなる。すずかも走りながら目が点になっている。
やってしまって後悔。やっぱりありえないよな。
そう思っていたら。
わっと、歓声が上がった。え、何これ?
「ちょっと何よ今の!?凄い速いじゃない!!」
「アキラ君、すごい!!」
「すげー、アキラならオリンピック出られるんじゃねぇ!?」
「うおおお!感動した!!俺感動した!!」
「皆、アキラを胴上げだ!!」
おー!!と歓声が上がる。
何で?
後に聞いた話なのだが、この街では不思議なことが比較的多発するんだとか。
・・・恭也さん。あなたたちですね?
Side Nanoha Takamachi
アキラ君は礼儀正しく明るい子だから、すぐにクラスの皆と打ち解けられた。
さっきの体育の授業ではさらにヒーロー扱いされていた。
・・・アキラ君が皆からほめられて嬉しいはずなんだけど、何だかアキラ君がとられちゃったみたいで複雑な気分です。
四時間目の算数が終わって、お弁当の時間です。
「あんた、編入初日から色々やるわねぇ。」
教室だと、皆がアキラ君に話しかけてくるから、屋上に避難しています。
一緒にいるのはもちろん、アリサちゃんとすずかちゃん。
「色々って、さっきの体育のはアリサが原因だろ?」
「はぁ?なんであたしのせいになるのよ。あれはあんたが勝手に」
「アリサが『女の子に負けるのが怖い』とかいうから、カチンときちゃったんだよ。」
まあまあ、と二人をなだめるすずかちゃん。それでアキラ君はふぅ、とため息をつき。
「それに、あれならまだましな方だと思うよ。僕はもっとめちゃくちゃやりそうなやつを知ってる。」
「・・・あれでましな方って、あんた今までどんな生活してたのよ。」
アリサちゃんの言葉で、苦い表情をするアキラ君。・・・本当に、どんな生活をしてたんだろう。
そういえば、私はまだそのへんのことを聞いていない。今度、聞かせてくれるかな?
「そういえばアキラ君、今日は剣を背負ってないんだね。」
話題を変えようと、すずかちゃんが切り出した。
そう、今日はアキラ君、いつも肌身離さず持っている剣を持っていないのです。
「流石に学校に剣はまずいでしょ。必要もないだろうし。」
・・・普段の生活でも、あまり必要になる場面はないと思います。
それはアリサちゃんやすずかちゃんも思ったらしく、やや引きつり笑いです。
「まあ、防犯で持ち歩くんだと竹刀とかでもいいんだけど、竹刀はもろいからね。」
アキラ君の閃空剣技には耐えられないのです。
そんなものなのだろうか、という表情でアリサちゃんもすずかちゃんもアキラ君を見ています。
きっと、二人もあの剣技を見たらびっくりすると思います。
お弁当を食べ終え、5時間目は家庭科です。
今日は調理実習で、お味噌汁を作ります。
・・・お弁当の後でこれはちょっとつらいですが、時間割の関係上しかたないです。
「アキラ、あんた料理できるの?」
調理は班に分かれてやります。私はアキラ君とすずかちゃん、あとクラスの男子の小林君です。
アリサちゃんは別の班です。が、目が対抗意識をガンガンに燃やしています。
どうやら、アリサちゃんはアキラ君をライバル視しているようです。
「斬るだけなら。剣士だからね。」
そういうアキラ君の包丁の扱いは危なげがありません。さすがです。
「ふふーん、それもそうね。でも、料理は斬るだけじゃできないわよ!!今度こそあたしの凄いところを見せてやるわ!!」
びし、とお玉を突きつけるアリサちゃん。・・・お行儀悪いよ。
それで、アキラ君も対抗意識を見せる。意外にノリやすいよね、アキラ君。
「面白い・・・。なら、僕も高町家の釜の飯を食べている者として、全力を見せてやる。」
そう宣言するアキラ君。確かに、お母さんのご飯は美味しいもんね。
でも、うち洋食の方が多いよ?釜の飯っていうのは表現がおかしいんじゃないかな?
ふふん、と鼻をならし去っていくアリサちゃん。
アキラ君は私たちを集め円陣を組みました。
「とは言ったものの、僕はものを斬る以外できない。誰かこの中に料理に長けた者はいないか?」
どうやら、アキラ君チームワークで対抗する気のようです。
私は・・・そこまで得意ではない。すずかちゃんは家でメイド長のノエルさんに教えてもらっているはずです。
けど、すずかちゃんは首を横に振り
「アリサちゃんの料理の腕にはかなわないかな・・・。」
と言いました。それを聞いてアキラ君は難しい顔をしました。多分頭の中では皆の力をどう組み合わせるか考えているのだろう。
と、そんなとき、小林君がおずおずと手を上げました。
「あ、あの、僕調理クラブだから、それなりにできるよ・・・。」
・・・忘れてました。小林君は調理クラブの若きホープと呼ばれているのです。
気が弱く存在感を前面に出さないから、忘れられがちなのだと思います。
「そうか!なら小林君、リーダーをやってくれ。それで、皆に指示を出してくれ。」
「う、うん、わかったよ。自信ないけど、やってみるよ・・・。」
アキラ君は小林君の肩をがしっとつかみ、小林君をリーダーに任命しました。
けど、小林君はおっかなびっくりという感じです。・・・大丈夫かな?
そんな小林君ですが、お玉を手にとった瞬間。
目が鷹のように鋭くなりました。
へ?
「いいか。この俺が指示してやるのだから、負けは許されんぞ!
味噌汁も作れんやつはクズだ、味噌汁を作れるやつはよく訓練されたクズだ!!返事はどうしたぁ!!?」
『サ、サー、イエッサー!!』
敬礼をする私たち三人。
それから、地獄の調理実習が始まりました。
後に聞いた話では、小林君は厨房に立つと人格がまるで変わり料理に対し妥協を一切許さない鬼軍曹になるそうです。
それゆえに調理クラブの若きホープと呼ばれているのだとか。
結果から言いますと、私たちの圧勝でした。けど、あんな疲れる調理実習はもうこりごりです・・・。
「むぅ〜、結局勝てなかったー!!ずるいわよアキラ、調理クラブを味方につけるなんて!!」
帰り。アリサちゃんがむくれてアキラ君につっかかってきます。しかしアキラ君の表情はやややつれていて
「しょうがないだろ、班分けは先生任せなんだから。こっちだって誰かに代わってもらいたいぐらい辛かったわ・・・。」
と、力なく返しました。多分、私とすずかちゃんもおんなじ表情をしているのだと思います。
何せ、『大きさがそろってない、やり直し!!』とか『そんな火力で味噌汁が作れると思ってるのか、なめてるのか貴様!!』とか、そんなのばっかりでした。
「次は絶対勝ってやるんだから〜!!」
一人元気なアリサちゃんが羨ましいです。
そのあと、アリサちゃんとすずかちゃんは車でお迎えがあり、別れました。
私とアキラ君は二人で家に向かって歩いています。
「ねえ、アキラ君。学校、楽しかった?」
私はアキラ君に聞きました。アキラ君は学校初めてなはずだから。
アキラ君はちょっとの間目を瞑りました。多分、今日の出来事を思い返しているのだと思います。
そして、目を開いて一言。
「うん、悪くなかった。」
その顔は、とても満足そうな笑顔でした。私もつられて笑ってしまう。
私たちは、そうして二人で笑いあいながら帰りました。
Side Akira Jin-nai
初めて学校というものに行ったけど、結構楽しかった。こういうのも悪くはない。
いつまでここにいられるかわからないけど、その間はこうして、なのはと一緒に学校に行くのもいいかもしれない。
アリサとくだらない競争をして熱くなったりするのもいい。すずかと運動勝負をするのもいい。
こんな日々はもう得られないと思っていた。だから、僕は今本当に幸運だと思う。
永遠に続くものがないとわかってはいる。だけど。
僕はこの日々が永く、できることならずっと続けばいいと。
いつの間にか、そう思っていた。
+++おまけ+++
Side Yuno Scria
アキラさんはなのはと一緒に学校に行くことになったようだ。これで、なのははいつもアキラさんに守ってもらえるだろう。
巻き込んでしまったことへの胸のつかえが、また一つ取れた気がする。
でもね。
一言も台詞ないってどうなのさ!?
♪あんああんあんああんあん♪(喘ぎ声ではありません、歌声です)
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